実業家。埼玉県の岩崎家に生まれる。慶応義塾在学中に福沢諭吉(ゆきち)の養子となり、のち娘ふさと結婚。
1889年(明治22)北海道炭礦鉄道に入り、以後諸会社に関係し、一時、相場で名をなす。
水力電気事業と電気工業の育成に力を注ぐ。1913年(大正2)名古屋電燈常務に復帰、翌年社長に就任。
同社はのち東邦(とうほう)電力となる。20年名古屋電燈の製鉄部に端をなす木曽電気興業ほかを合併して大同電力を設立し、社長に就任。
外債発行によりダム式の大井発電所を竣工。
東邦電力と大同電力を屈指の電力会社に育て、また大同製鋼ほか多数の会社設立に参画した。
代議士にもなるが、28年(昭和3)実業界からの引退を声明。
詳細 | サイズ | 状態 |
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紙本 肉筆 | 全体 2020㍉×450㍉ | 表装済 |
桐箱 為書 | 本紙 1370㍉×333㍉ |